【本】17061『インドネシア イスラーム大国の変貌_躍進がもたらす新たな危機』小川忠

投稿者: | 2017-04-12

ASEAN随一の人口を誇るインドネシア。
多様性のなかの統一を国是とし、多民族をまとめてきたのは素晴らしい。
しかし最近では、インドネシア社会がイスラム化していると言う。
グローバリゼーションで貧富の差が開き、疑問を覚えた者がイスラム教の教えに救いを求める。
だから社会問題に疑問を覚える教養層もイスラム化が進んでいる。

インドネシア憲法で、国家の基礎となるのが「唯一神への信仰」と記載されているのは興味深い。
日本人が溶け込むにはやはり仏教徒と述べたほうがいいのだろうか。
国民のほとんどは意識していないのだろうが…。

親日国であるが、無邪気な決めつけはよくない。
反日運動が起きたこともあるし、歴史は踏まえた方がよい。
今後経済成長することはほぼ間違いないだろう。
日本とのつながりも増えてくる。
だからこそ、インドネシアのことを理解して接する必要がある。

「イスラームのグローバリゼーション」とは、具体的にはイスラーム教徒の移動と人口の拡大、イスラーム経済ネットワークの拡大、イスラーム的価値観の影響力・存在感の拡大等を指す

米国の民間調査機関「ピュー・リサーチ・センター」によれば、二〇一〇年時点でEU内のイスラーム教徒の数は二〇〇〇万人に達している。主要国ではドイツに四七六万人、フランスに四七一万人、英国に二九六万人のイスラーム教徒が暮らしている。総人口に占めるイスラーム教徒の数は、ほぼ全ての国で一%以上であり、フランスでは七・五%に達している

「ピュー・リサーチ・センター」が二〇一五年に行った報告によれば、今世紀後半にイスラーム教徒人口がキリスト教徒を超え、イスラーム教は世界最大の宗教になると予測される。同報告によれば二〇一〇年のイスラーム教徒が世界人口に占める比率は二三・二%だが、二〇一〇年時点のイスラーム人口に比して七三%の高い伸び率で人口増加が進み、二〇五〇年にはこれが二九・七%に上昇する

① 政治面:スハルト・ファミリー及び軍部の強権的支配が崩壊し、政治の民主化、地方分権化が進んだ。  ② 経済面:アジア通貨危機の混乱を克服し、二〇〇〇年代後半からの力強い経済成長により、国内では中間層が拡大し、対外的には国際社会での発言力が高まった。  ③ 社会文化面:①②の政治・経済変化を背景に、都市部中間層、特にソーシャル・メディアに長けた青年が世論形成や文化創造の担い手となった

インドネシア社会の「イスラーム化」とは何か。それは、これまでイスラーム教徒でありながらもその教えをさほど強く自覚してこなかった人びとが、イスラーム的価値を「善きもの」と考えるようになり、日常生活においてイスラームの戒律を守り、敬虔なイスラーム教徒として生きていこうとしている変化

インドネシア建国の父たちが世界に誇ってよいのは、最大多数派の言語ジャワ語を国語に採用せずにインドネシア語を採った

インドネシア憲法二九条第一項において、国家の基礎となるのは「唯一神への信仰」と記されており、憲法前文においても国家原則の一つとして「唯一神への信仰」が明

二〇一四年一二月、インドネシア国家テロ対策庁長官は、すでに五一四人のインドネシア人がシリアとイラクでISの戦闘に加わっていると述べた。それから一年後、今度は政治・法務・治安担当相が、二〇一五年一一月時点で、インドネシアから七〇〇人がISの戦闘員として中東に渡っていると明らかにした。

インドネシア社会の高学歴化、英語の普及によって、一部宗教指導者のみならず普通の青年が自分で情報を集めて、自分なりのイスラーム理解を語りうる状況が現出した。さらにいうなら英語の普及と言論の自由化は、過激なイスラーム解釈がこの国に流通する素地を作っているともいえる。

将来の独立後の国家像に関しては、①エスニシティー(民族)に基づく国民国家、②多民族を包含する領域ナショナリズム、③宗教に基盤を置くイスラーム国家、という三つの可能性が語られた。  

「コンパス」紙が二〇一五年三月に五〇〇人の市民に行った世論調査では、政府が過激思想を広めるウェブサイトをブロックすることに八九%が賛成し、IS参加ツアーを企画した旅行代理店の営業取り消しに八五%が賛成している。過激思想の拡散を防ぐ方策として「民族性に合った宗教教育を」という回答が五一%、「政府の断固たる措置」を求める声が二三%あった。「何が過激思想の原因となっているのか」という質問に、三〇%が「正しい宗教理解の欠如」

ボストンコンサルティング・グループは、月間世帯支出二〇〇万ルピア以上五〇〇万ルピア未満を「中間層」、五〇〇万ルピア以上を「富裕層」と分類している。同グループは、二〇一二年の中間層・富裕層を三〇%、それ以外を七〇%と報告し、かつ二〇年には中間層・富裕層は五三%まで拡大すると予想している。

イスラーム金融の七割を占めるといわれる「ムラバハ」は、銀行が商品の売り手と買い手のあいだに介在し、それぞれと購入契約を結び、それに価格差を設定することで、金利に代わって利ざやを得る仕組み

二〇年前の駐在時代と比べて、明らかにこの国のなかでイスラームの存在感は高まり、イスラーム的価値観を善なるものと意識する人々が増えている。

二〇一四年一一月に内務大臣が身分証明書の記載から宗教欄をはずすことを提案したが、イスラーム政党に所属する宗教大臣が「国家五原則に定めた自己規定にそぐわない」と反対し、閣内でも意見が分かれており、近い将来この点が改善される見込みはない。

ジャカルタ・ポスト」などの英語メディアは、FPI等のイスラーム強硬派を非難し、彼らの圧力に屈した当局の弱腰を厳しく追及する言論を展開したのに対して、「コンパス」「テンポ」などのインドネシア語メディアは英語メディアよりもやや冷めた姿勢で報道する傾向があっ

勝利者のジョコ・ウィドドではない。敗者プラボウォの旋風である。

プラボウォは、スハルト政権の末期に国軍幹部としてイスラーム組織を悪用し、反華人、反クリスチャン感情を煽り甚大な人権侵害をひきおこした人物

「イスラーム化」するインドネシア社会において、グローバリゼーションの副作用から生じる非寛容のベクトルに抗い、寛容の伝統を取り戻す復元力、その源になるのが、イスラーム教義を現代世界の変化に応じて創造的に適用し、社会資本へと変えていく「解釈の力」

前掲ルトノ・ケリー両外相声明は、ナフダトゥール・ウラマ及びムハマディヤへの期待

そもそも「ナフダトゥール・ウラマ」とは、「ウラマー(イスラーム学者)の覚醒」を意味する。東ジャワ州ジョンバンが、NU結成の地である。一九二六年に、東ジャワのプサントレンで伝統的な教義を教えていたイスラーム指導者たちが集まって、この組織を立ち上げた。

一九世紀末から二〇世紀はじめの中東において、停滞状況を打破するためにイスラーム改革主義が興り、この思想的影響を受けたインドネシアの指導者たちが、イスラームと近代文明を折衷した教育を施すために設立したのがムハマディヤ

ジャカルタで暮らす邦人社会でも、世代交代が進むなか、かつてこの国に厳しい対日感情が拡がっていた記憶、そうした感情が存在することを前提に自らの暮らし方を律していかねばならないという自戒の念が希薄化している。

日本が独立を助けたので、インドネシア国民は日本に感謝しており、建国以来インドネシアは親日である」という、一世代前のインドネシア国民が聞いたら苦笑いするに違いない、単純化された歴史認識が、日本国内で流れている。しかし、私自身のジャカルタ駐在経験からいえば、八〇年代終わり頃でも、まだ反日の余韻は確実に残っていた。

この教科書では、「インドネシアにおける日本支配」に四七ページをさいている。

日本帝国海軍の前田精少将は、太平洋戦争期に蘭領東インドに駐在し、インドネシア民族の闘いに共感をもっていた将官である。インドネシア独立宣言において彼が果たした役割は大変重要である。個人として彼は自らの邸宅を独立宣言起草のために使用することを認めて、宣言を発することを支援したからだ。同氏は、独立指導者たちの安全を保証するのをためらわなかった。この切迫した時局において、前田は高貴なる徳義を示したのだった。  つまりインドネシア側指導者たちが前田に恩義を感じるのは、軍政当局(陸軍)の憲兵隊に踏み込まれる恐れがない、安全な空間である海軍武官宅を宣言起草の場に提供したことにある。海軍武官府は、陸軍の管轄区域ジャカルタにあって治外法権的存在だったのだ。

11,263人(2009)→12,469人(2011)→16,296人(2013)→17,893人(2014)  (在インドネシア日本大使館ウェブサイト 領事関連情報より)

日本からインドネシアへの投資推移実現ベース(インドネシア投資調整庁より)  投資件数 124件(2009)→421件(2011)→958件(2013)→1,010件(2014)  投資金額(百万ドル) 678.9(2009)→1,516.1(2011)→4,712.9(2013)→2,705.1(2014)

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