【本】17013『「ココロ」の経済学 ──行動経済学から読み解く人間のふしぎ』依田高典

こちらも、行動経済学の本である。行動経済学の本の内容とほぼ同じだが、こちらのほうが表現が平易のため、初めて読むにはこちらのほうがいいかもしれない。

【カーネマンの2つの認知システム】  システム①自動的に高速で働き、努力は不要だが、感情を伴うシステム  システム②複雑な計算など、努力と時間を必要とし、注意を伴うシステム

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【本】17012『新・所得倍増論_潜在能力を活かせない「日本病」の正体と処方箋』デービッド・アトキンソン

「生産性をあげるのは、経営者の責任だ」という筆者の主張に納得した。
日本の医療は非常に効率が悪い。必要以上の薬剤処方、抗菌薬の乱用、誰も望まない延命治療etc…

これらが放置されてきたのは、制度設計の問題である。医療者にはこれらを是正するインセンティブがないからである。医療者の行動を決める因子として、患者の医学的利益、患者の満足度、自らの利益などはあるだろうが、国の医療費抑制などを目標に医療を行う人はまずいない。もしいたとしたら、勤務で、しかもそのような変わり者を受け入れる余裕のある病院が雇っているだけだろう。国の医療費抑制は、病院の利益に相反するものだからだ。

本書でも、筆者が改革を訴えるたびに、日本の独自性を主張して改革が進まない様子が描かれている。医療でもまさしくそのとおりだ。「世界に冠たる国民皆保険」などというが、日本の保険方法をまるっきりとりいれている国はないだろう。非感染性疾患全盛期の時代に、国民皆保険はどうみても国庫負担が増加しすぎて継続性がない。日本式医療の素晴らしさを謳って思考停止するまえに、もう一度継続性のある医療について考え直す必要がある。

特に、過疎地域の医療機関などはいい例だろう。住民が少なくなり、医療需要が減っても、ほそぼそと運営している病院などだ。需要がないなら病床を維持し続ける必要はない。医療の多くは無床診療所で完結する。入院が必要になれば、他の病院へ転送すればよいだけである。自治体の首長は住民からの要請のために維持を選択するかもしれないが、不良債権を抱えて傷口が広がるだけである。維持不可能な病院に補助金を流し込むのは、まさしく『自分自身が変わる努力をしていないのに「私益」を維持しようとすることが、実は公益を損なう』好例と言える。

生産性を上げるのは、労働者ではなく経営者の責任です。世界一有能な労働者から先進国最低の生産性しか発揮させていないという日本の経営の現状は、いかに現行の日本型資本主義が破綻しているかを意味しています。この経営者の意識改革は、喫緊の課題です。

日本の1人あたり研究開発費は1344・3ドルで、世界第10位。ドイツの1313・5ドルとほぼ同じとなっています。アメリカは1人あたりで見ると世界第5位

世界の観光ビジネスでは、「観光大国」になるためには、「自然、気候、文化、食」の4つの条件をすべて満たさなければいけない

労働者が自ら進んで生産性を上げるということはほぼあり得ず、生産性向上は、経営者によってなされるのが常識だからです。

サッチャー首相は改革ができたのでしょうか。客観的に分析してみると、彼女が「イギリス史上初の理系出身首相だった」という主因が浮かび上がります。閣議の際、彼女が「おはよう」の挨拶のかわりに、「What are the facts?」

イギリスに初めて、「統計や分析に基づく政策運営」(Evidence Based Policy Making:EBPM)を導入したとされているのです。

新・観光立国論』などで私が観光の重要性を主張すると、かならずと言っていいほど「日本のやり方に従わない外国人がたくさん来ても迷惑なだけ」「郷に入れば郷に従え」という反論がありますが、これも供給者側が強い社会の特徴

2012年を中心とした直近のデータによると、日本のワーキングプア比率は国連平均の11・2%を大きく上回る16・0%でした。

政府には生産性を追求するインセンティブがあるのは明らかです。問題なのは、企業経営者にそのインセンティブがあるかどうかです。これまでは明らかに、そのインセンティブは働いていませんでした。

日本のルールは、本来そのルールがもつ意味が忘れられ、ルールを守り続けることだけが目的化してしまっているという特徴があります。つまり、ルールが再検証されないのです。

日本の研究開発費率が高いのはGDPが異常に低いからであって、実際には1人あたり研究開発費はアメリカより低いので、記事の主張はそもそも、間違えた前提に基づいています。

自分自身が変わる努力をしていないのに「私益」を維持しようとすることが、実は公益を損なう

「私益」が「公益」を損ねる場合、アメリカや他の先進国のように政府が規制して、「私益」の膨張を押さえるべきです。しかし、「私益」が得られない人たちが増え、その損を国家が補填せよと言い出したら、もはや収拾がつきません。「私益」をどうにか確保したい人たちを「かわいそう」だから助けるために、「公益」を損ねていくのか。なかなか膨らむ気配のない「私益」とともに、「公益」もどこまでも墜ちていくのか。これは今の日本の死活問題にもなる、きわめて重要なテーマ

利益あっての社会保障制度なのに、この世代の人たちは「利益・効率化・生産性向上」を否定する傾向が強い

日本の2015年の1人あたり輸出額は4914ドルでした。これはアメリカとほぼ同じですが、韓国(1万371ドル)の約半分、ドイツ(1万5000ドル)の3分の1程度です。  日本の経済基盤からすると、1人あたり輸出額は1万ドルから1万5000ドルの間が適切な水準でしょう。これを総額に直すと、約160兆円あってもおかしくはないのです。今は約62兆円ですから、約3倍に引き上げていく潜在能力があります。ドイツ、スウェーデン、デンマークができて、日本にできないはずはありません。

主にドイツをのぞくEU諸国では、「その国の首都の生産性が、全体の生産性を引き上げている」

サッチャー首相の名演説の中にあります。  「低所得者層が次第に貧困になっても、格差をなくしたいという野党の政策は正しくありません。格差が多少広がることになっても、低所得者層の所得を上げていく、ということが政府の腕の見せどころでしょう」

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【本】17011『世襲格差社会 – 機会は不平等なのか』橘木俊詔 参鍋篤司

社会が安定化すると、格差は固定化するようだ。一時はやったピケティの本でも、r(資本収益率)>g(経済成長率)であることを示し、格差が拡大傾向にあることを示している。
資産家(権力層)にとってはその方が合理的であるため、これが資本主義社会の宿命なのだろう。余談だが、ピケティの著作は確かに流行ったが、日本人の資本運用が増えたとは聞かない。NISAなど導入しても盛り上がらない日本株式市場のために、政府系ファンドが買い支えする体たらくである。
投資活動を行わない労働者は、マルクス時代と変わらない存在であり、格差が固定化するだけなのだが。

本書では世襲制の職業を例にあげて、格差が固定化している現状について書いている。
主な例は、医師、政治家などだ。

医師の世襲は私の周囲には少ないが、確かに多いようだ。大学を卒業するだけでそれなりの収入が確保でき、しかも就職難の心配がないという意味では、親が子にすすめるのも無理はない。開業医などは、初期投資が大きいため、子供世代まで巻き込んで返済を行うのは当然とも言える。
しかし、所詮は税金で収入を得る身である。そう永くはもたないだろう。

日本政府は教育に投資を行わない様子である。機会の不平等はますます広がるだろうし、それを放置するようであればこの国の将来は暗い。

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【本】17010『行動経済学~経済は「感情」で動いている〜』友野 典男

おもしろいもので、同じ時期に購入した本は、似たような内容であることが多い。
もちろんタイトルから狙ったものもあるが、タイトルから予測できないほど内容が似ていることもある。
本書は、超予測力と内容が似ている。
感情によって動かされる経済をテーマにしており、内容は認知バイアスについての具体例が多い。

医療でも、患者の行動変容などについて参考になるだろう。

経済学では合理性という語にかなり限定した意味を付している。まず、自分の嗜好(好み)が明確であり、それには矛盾がなく、常に不変であること。そして、その嗜好に基づいて、自分の効用(満足)が最も大きくなるような選択肢(たとえば商品)を選ぶということである。

ヒューリスティクスは、問題を解決したり、不確実なことがらに対して判断を下す必要があるけれども、そのための明確な手掛かりがない場合に用いる便宜的あるいは発見的な方法のことであり、日本語では方略、簡便法、発見法、目の子算、さらには近道などと言われる。

ヒューリスティクスに対比されるのがアルゴリズムであり、手順を踏めば厳密な解が得られる方法のことである。

ヒューリスティクスの第一のものは「利用可能性」である。利用可能性とは、ある事象が出現する頻度や確率を判断する時に、その事象が生じたと容易にわかる事例(最近の事例、顕著な例など)を思い出し、それに基づいて判断するということである。

喫煙や飲酒などの習慣がなかなか止められないのは、行為時点とその結果が現われる時点とが時間的に大きく隔たっており、行為する時点では、長い間たった後にどんな結果が引き起こされるのかについて想像するのが難しいことが原因の一つである。したがって政策的に禁煙を推進するとしたら、喫煙はガンにかかる確率を上昇させると主張するより、ガンになった場合の悲惨さをアピールする方がキャンペーンとしては効果的であろう。

人々がよく用いるヒューリスティクスの二番目が「代表性」である。これは、ある集合に属する事象がその集合の特性をそのまま表わしているという意味で「代表している」と考えて、頻度や確率を判断する方法である。

アンカリング効果から確証バイアスと言われる傾向が生じる。確証バイアスとは、いったん自分の意見や態度を決めると、それらを裏付ける情報ばかり集めて、反対の情報を無視したり、さらに情報を自分の意見や態度を補強する情報だと解釈するというバイアスのことである。さらに、確証バイアスから自信過剰という傾向が生じることもわかっている。

大学の優秀さの判定、商品の評価の判定、スポーツチームの成績の判定などでも、名前の再認と判定の正確さには正の相関関係がある

二重プロセスとは、人間が持っている二つの情報処理システムのことである。一つは、直感的、連想的、迅速、自動的、感情的、並列処理、労力がかからない等の特徴を持っているシステムであり、システムⅠと呼ばれ、もう一方は、分析的、統制的、直列処理、規則支配的、労力を要するといった特徴で表わされるシステムであり、システムⅡ

保有効果は、人があるもの(権利や自然環境、経済状態、健康状態などを含む)を手放す代償として受け取ることを望む最小の値、すなわち受取意思額(WTA)と、それを手に入れるために支払ってもよいと考える最大の値、すなわち支払意思額(WTP)が乖離する

公園を作るといった公共事業では、公園のもたらす便益を算定する必要があるが、公園は市場で取引される財ではないから、便益の測定にはさまざまな困難が伴う。そこで仮想的な市場を設定して実験的に便益を測定する「仮想的市場法(CVM)」という測定法がよく用いられる。CVMは、どのような財やサービスの便益の評価に対しても適用できるから、最近は公共財の供給や公共事業、環境などの広い範囲での便益評価法として用いられている。CVMの要点は、人々にWTAとWTPを直接回答してもらい、便益を金額で表現しようというものである。  この場合WTAとWTPが乖離するのであれば、適切な評価としてどちらを採用すればよいであろうか。この指針に関しては決定的な結論は未だに出ていない。

労働の超過供給が存在する時には、賃金は下方硬直的(下がりにくい)になりうる。

人が何をもって公正とみなすかという視点が公共政策に及ぼす影響は大きく、それを考察する場合には、参照点依存性と損失回避性を無視することはできない

初期値の設定が人々の意思決定に影響を及ぼす原因は三通りある
まず、公共政策に関連する場合には、人々が、初期値は政策決定者(多くは政府)の「おすすめ」だと考え、それを良いことだとみなすこと

第二に、意思決定を行なうには時間や労力というコストがかかるが、初期値を受け入れればコストが少ないから

第三に、初期値とは現状のことであり、それを放棄することは前章で述べたように損失とみなされ、損失を避けるために、初期値を選ぶことである。

経済学や経営学では、過去に払ってしまってもう取り戻すことのできない費用をサンクコストあるいは埋没費用という。そして、現在の意思決定には、将来の費用と便益だけを考慮に入れるべきであって、サンクコストは計算してはいけないのが合理的であると教えられる。

アークスとブルーマーは、サンクコスト効果が生じる原因として損失回避性以外に二つの要因を挙げている。

一つは評判の維持である。途中でこれ以上の投資は無駄だから計画を中止するということは、過去の決定が間違っていたことを意味する。

二つ目は、ヒューリスティクスの過剰な一般化である。「無駄にするな」という標語やルールは子供のころからよく言われ、意思決定に当たってヒューリスティクの役割を果たす。このヒューリスティクはさまざまなところに適用されて効力を発揮するが、サンクコストというこのヒューリスティクを適用すべきでないところにまで適用してしまうために間違いが生じるというのである。

小さい子供はサンクコストに惑わされることは少ないが、年齢が進むにつれてサンクコスト効果が認められるようになる

経済学や意思決定理論では、人々が自由に選ぶことができる選択肢は多ければ多いほどよく、人々の満足は大きいという前提がまったく暗黙的に置かれている。

消費者は、多様な選択肢が用意されている方に魅力を感じるが、結局、選択肢が多すぎると決定ができない

イェンガーは、自分が把握するのが可能な範囲内で選択をすることが選択者にとっては望ましく、過剰な選択肢があるとむしろ選ぶのを間違えたのではないかという一種の後悔や失敗の感覚にとらわれるのではないかと指摘

皮膚科医が、「太陽光線に当たりすぎると皮膚ガンの危険があると警告してもあまり効き目はないが、シミやニキビの原因になると言うと患者たちは言いつけを良く守る」と語る例

個人の肥満度と将来の健康に関する割引率との間には多少の関連性はあるが、近年の肥満の増加を割引率の上昇と結びつけて考えることはできないと結論づけている。それよりも、近年の肥満の増加は、高カロリーの食品が安価に手に入ることになったのが原因ではないかと

苦痛が最もひどいときと最後の数分間の苦痛の記憶が検査全体の印象を決めることから、カーネマンらは「ピーク・エンド効果」と名付け、後者の検査時間の長さには無関係であるという特徴を「持続時間の無視」と呼んでいる。

罰金が導入された後は、「時間をお金で買う」という取引の一種と考えるようになり、やましさを感じずに遅刻ができるようになった

制裁システムが導入されることで、社会規範やモラルによって規制されていた行動が市場での取引のように考えられてしまう

コミットメント
経済学で使われる場合にはもっと強い意味を持ち、一つあるいは複数の選択肢を放棄することあるいはそうするというサインであって、それによって自分や他者のインセンティブや期待を変えて、行動に影響を及ぼすこと

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【本】17009『司馬遼太郎が描かなかった幕末 松陰・龍馬・晋作の実像』一坂太郎

司馬史観とよく言われるが、日本人の歴史観は、司馬遼太郎の影響力が強すぎるらしい。
本書は、史料をもとに、司馬遼太郎の描かなかった人物像(主に吉田松陰、高杉晋作)を書く、というものだ。
結論から言うと、本書を読んだからといって、彼らの人物像が覆るものではなかった。高杉晋作が多少そそっかしくて軽率なところがあることも、坂本龍馬のプライベートがやんちゃであるところも、司馬遼太郎の小説と矛盾するものではない。

フィクションだからこそ、人生教訓にもなり、ビジネス書に引用されるようにもなるのだろう。それでいいのではないか、と思うが。

「船中八策」は原文書が残っていないばかりか、当時の史料にもそれらしい存在が見当たらない、実は謎が多い史料だ。文中に「議員」「規約」「断行」「並立」など、慶応四年以前の用例が無い漢語が使われている点からも、後世の創作との説が有力

山口県では百五十年近くを経たこんにちでも「脱隊騒動」をタブー視する風潮が強く、私も以前山口県の県外向け広報紙に奇兵隊の始末を書いたところ、「脱隊騒動」の部分は無惨にもカットされてしまい、憤りを通り越して呆れたことがある

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【本】17008『超予測力 不確実な時代の先を読む10カ条』フィリップ E テトロック, ダン ガードナー

様々な物事の予測に長けている人が、どのような特徴を持つのかという点について述べた本。
平たく言えば、フェルミ推定とか、情報分析の本だ。

物事を予測するために、その予測に必要な情報を細分化し、それぞれについて細かく情報を探す。
そうやって、予測確率を計算していく、というのが予測成功率を上昇させるやり方だ。
新たな情報がでたら、それに応じて計算結果も細かく更新していく。(筆者はベイズ的アプローチと呼んでいる。)
当然、実態にあった予測が可能だろう。

決して、思いつきや直感に頼っているわけではない。
認知バイアスを避けるため、積極的に柔軟になり、自分の仮説と反するエビデンスを集め、意見の異なる人の意見を聞くことが重要だ。

一年先といった時間軸が短い質問では、当てずっぽうより高い成果を出すのは容易で、三~五年先のこととなると専門家の予測の正確性は落ちる、つまりチンパンジーがダーツを投げるのと変わらないレベルになっていく。

超予測力には柔軟で、慎重で、好奇心に富み、そして何より自己批判的な思考が欠かせない。集中力も必要だ。卓越した判断を導き出す思考とは、楽にできるものではない。かなりの一貫性をもって卓越した判断を導きだせるのは意志の強い者だけであり、われわれの分析でも優れた実績を出す人の予測因子として最も有効なのは「自らを向上させようとする強い意志」であることが繰り返し示されている。

「思考プロセスを模倣し、思考を理解することと、新たな思考を生み出すことはまったく違う」とフェルッチは指摘する。後者は人間の判断が常に支配する領域だ。

意思決定をするか説明する際に、現代の心理学者がよく用いるのが、われわれの頭の中を二つの領域に分割する二重過程理論である。「システム2」とはおなじみの意識的思考の領域である。ここにはわれわれが意識を向けようと決めたことがすべて含まれる。対照的に「システム1」をわれわれが意識することはほとんどない。

システム1は「本当らしいから本当だ」という原始的な心理ロジックに従う。

問題はわれわれが混乱した不確実な状態(「なぜ私の指がシャベルの写真を指差しているのかさっぱりわからない」)から、明白で自信たっぷりの心理状態(「ああ、簡単な話だ」)へと、あまりにも速く移行し、そのあいだに少し時間をとって考えようとしないことだ(「これが理由かもしれないが、他にも考えられる説明はある」)。

知性と知識は予測の正確さを高めるが、その効果は限られているというのだ。

集合知の質は、何を集めるかで決まる。何の知識もない人の判断を大量に集めても、あまり価値は高くない。少しでも知識がある人の判断を集めるほうがよく、それが十分な量集まれば驚くべき結果につながることもある。ただ最も効果的なのは、異なる分野についてそれぞれよく知っている人の判断を大量に集めることだ。そうすることで集団としての情報量ははるかに大きくなる。

確率論的にモノを考える人は「なぜことがおきたのか」という問いにそれほどとらわれず、「どのようにことがおきたのか」に注目する。単なる言葉の問題ではない。「なぜ」はわれわれを哲学へ、「どのように」は科学へといざなう。

このように人生の出来事に意味を見いだす能力は、幸福さと正の相関があるが、予測能力とは負の相関がある。そうなるとかなり気の滅入るような可能性が出てくる。不幸なのは正確な予測能力の代償だろうか?

研究では一つの分野における予測能力は、他の分野ではまったくと言っていいほど役に立たない。

慎重 確実なことは何もない。 謙虚 現実はどこまでも複雑である。 非決定論的 何が起きるかはあらかじめ決まっているわけではなく、起こらない可能性もある。
積極的柔軟性 意見とは死守すべき宝ではなく、検証すべき仮説である。 知的で博識。認知欲求が強い 知的好奇心が旺盛で、パズルや知的刺激を好む。 思慮深い 内省的で自己を批判的に見ることができる。 数字に強い 数字を扱うのが得意

現実的 特定の思想や考えに固執しない。 分析的 鼻先越しの視点から一歩下がり、他の視点を検討する。 トンボの目 多様な視点を大切にし、それを自らの視点に取り込む。 確率論的 可能性を多段階評価する。 慎重な更新 事実が変われば意見を変える。 心理バイアスの直観的理解 自分の思考に認知的、感情的バイアスが影響していないか確認することの重要性を意識している。

しなやかマインドセット 能力は伸ばせると信じる。 やり抜く力 どれだけ時間がかかろうと、努力しつづける強い意志がある。

「エビデンスに基づく政策」はエビデンスに基づく医学をモデルにした取り組みで、政策を厳密に分析し、想定された効果を発揮するのか議員が(単に把握した気になるのではなく)本当に把握できるようにするのが目的だ。

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【本】17007『大学入試問題で読み解く 「超」世界史・日本史』片山杜秀

大学入試という一つの問題をきっかけに、それに関連する歴史をおさらいすることができる。
解説が詳しいので、その歴史を知らなくても理解することができる。

中世を代表する神学者トマス・アクィナスは「お金を儲けたら、すぐに使うように。それが神の教えだ」と唱えたほどです。中世の教会というと、禁欲・節制のイメージがありますが、消費よりも蓄財の方が罪が重い

スイスのジュネーブもそうでしたが、オランダには、スペインやフランスといったカトリックの勢力が強い国にいられなくなったプロテスタントが、民族や言語を問わずヨーロッパ中から集まってきました。そのため狭い国土に知的な集積が起こった。グロティウスやスピノザ、デカルトは、そんな環境で刺激を受けたからこそ、才能を開花させることができたのではないでしょうか。

第二次世界大戦によって、ヨーロッパの一流の知性や芸術家が大挙して、アメリカに移動し、東海岸や西海岸に集い、様々な分野で非常に大きな革新が起きました。同じことが一七世紀のオランダでも起きていたように思う

何もないところから、第一次世界大戦のあまりにも悲惨な結果を反省した国々が、ウィルソンの理念に共鳴して、集まってできたのが国際連盟

国際連合とは連合国なのですね。英語ではどちらもユナイテッド・ネーションズです。その下では、当然、日本とドイツは「敵国」であり、常任理事国にもなれません。

儒教は中原の思想となり、道徳や規律や秩序を重んじることで、何とか勝手気ままな江南を統御しようとしてきた。

科挙は「正解」を一つに定め、権威や権力を皇帝と官僚に集中させ、一元化させるための制度だからです。科挙の下の教育制度では、基本的には「正解」に対する批判は許されません。

京大は東大の「正解」を批判し、異論を唱えることに自らの存在意義を見出してきました。

北から南に攻め入って中国全土を平定するのが、中国史の必勝パターン

国民党に勝てたもう一つの理由は、「中国の人口の圧倒的多数を占める農民を味方にしなければ、最終的な勝者にはなれない」という法則に、貧しい農村出身だった毛沢東が気づいていたことです。毛沢東は「農村から都市を包囲する」戦略を採り、農民が革命の主役であることを常にアピールして、その支持を集めていきました。

実際の権力は共産党指導部が掌握しているにもかかわらず、農民に自分たちが権力の主体であり、新しい国の主役であることを信じ込ませた

毛沢東は常に農民の前に立ちはだかる社会全体の敵やノルマを設定して、それに勝ったり、乗り越えたりする運動を演出しました。そのような疑似戦争・革命に参加している間は、農民は実際は搾取されていても、自分たちが主役だと錯覚できます

蔣介石の国民党と毛沢東の共産党という、水と油と思われていた二つの勢力が「日本憎し」で手を組み、それが意外と長持ちした。それを予測できなかったことが、日本の中国大陸での失敗をもたらしたと言っていいでしょう。

明治憲法の欠陥がどこにあったかといえば、この下部組織群があまりに多元的でまとまっていなかったことでしょう。天皇に対して、互いに横並びだったのです。議会は貴族院と衆議院の二院制でどちらが優位ということはない。

明治憲法の仕組みを運用すると、自然とそのような独善的な組織が我を張り合うタコツボ型の権力分立構造が生まれてしまう

縦割りの組織群を上からみて、大局観を持って、ヨコの連携をとっていたのは、「元老」と呼ばれる明治政府の創設者たちでした

日本史において、西国的発想は最後には必ず東国に敗北してしまいます。

点が線になり、面になるばかりか、離れた点や面も本願寺の下に結集し、手足のように動いていた。たとえていえば、革命を起こすために中国全土に展開していた中国共産党や中東を中心に今や世界各地に散らばるイスラム国を彷彿とさせるネットワークが、戦国時代の日本に形成されていた

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【本】17006『移民の経済学』ベンジャミン・パウエル

経済発展への貢献、社会保障負担との関連など、様々な側面から考察をくわえているが、全編を通じて、「移民はその国の経済発展に貢献する」という結果に至っている。
トランプ政権もそうだが、日本の移民政策も、もう少し進まないだろうか。

財・サービスの国際移動の自由化にとって例外があった。それは労働移動

移民はアメリカ人労働者の賃金を引き下げる方向に働くが、その影響は小さい

移民がアメリカ人の雇用に及ぼす効果はごく小さなものである。

生産要素の自由移動によって比較優位の原理がより活かされるようになり、これらの生産要素が流入する国の経済、したがってそれらの国で生まれた住民にも便益をもたらすことになる。

労働者が他国に移住すると、移民先の国で競争関係にある労働者の賃金は下がるが、移民の出身国で競争関係にあった労働者の賃金は上昇する──ただし、その代償は労働により高い賃金を支払わなければならなくなる資本所有者が担うことになる。

他の途上国よりも多くの看護師を海外に送り出しているフィリピンにおいて、一人当たりの看護師数が依然としてイギリスを上回っていることを説明している(Clemens 2009)。国外への移住の期待は人的資本への投資を促進する一方で、その多くが移住を果たせず国内に留まっているためである。

高度人材の国外移住は、母国での人的資本への粗投資を減少させるのではなく、むしろ増大させているのだ。

Clemens and McKenzie(2014)が指摘するように、一般的に送金は移民送出国の経済成長にはあまり貢献しない。しかし送金は本国に残された住民の厚生にとってかなり重要なものとなっている。移住者が稼いだお金の多くは送金され、そうした援助で生活を維持している家族や友人たちの貧困問題の緩和に役立っている。

ある仮説によると、経済発展と環境破壊の関係は逆U字型──「環境クズネッツ曲線」として知られている関係──をしている(Shafik 1994)。

第一に、もし富を増加させることが目標であるならば、比較優位の原理に逆らうことは難しい。世界の富を最大化しようとする移民政策において、原理が意味するところは明快である。

移民の増加によって損害を被るアメリカ人労働者の損失は簡単に認識できて、彼らがすぐに不平を訴えるのに対して、移民の増加がないときに他のアメリカ人労働者グループが被る損失は容易には察知できず、人々の話題にも上らない

メディケア・パートAへの支払いは14・7%だが、総支出に占める割合は7・9%にすぎなかった

基準ラインの比較で財政赤字が大幅に拡大する唯一の方策が「強制排除策」であった。

出生率が過去30年間で劇的に低下したため、メキシコの人口統計上の過渡期はすでに終了したと考えられる。それどころかサブ・サハラ(サハラ砂漠以南のアフリカ)を除いて、人口統計上の過渡期は事実上、全世界で終了している。アフリカからやってくるアメリカへの移民はこの10年で増加傾向にあるが、アフリカ移民の大部分は北アメリカよりもヨーロッパ大陸を目指している。理由は簡単で、アフリカからの旅費が少なくて済むからである。

帰化率や英語力など同化に関する基本的指標を見る限りでは、一世紀前の移民に比べて現在の移民の方が適応が速い

過去の移民の波は移民送出国の人口統計の過渡期が終了すると同時に後退していったが、それと同様にメキシコからの移民も今後は一貫して下降線をたどるという研究結果も発表

「低技能の移民の流入によって、アメリカ人の高技能の女性が家庭生活を犠牲にすることなしに自分のキャリアを追求することができるようになった」。その結果、アメリカ人の技能の高い女性の出産率を高めることにもなった。

人口比で見ると、二つの全く異なるケースがある。移民の比率が高いルクセンブルク(3・7%)と総人口に対して移民が非常に少ない日本(ほぼ0%)

前節で議論した、職種に関する人材不足リストは次の二つの点で役立つ。第一に、それによって雇用主が労働市場テストを迂回できることである。第二に、通常なら高技能労働者しか受け入れない国へも、低技能労働者が移民できるようになったこと

外国人労働力の募集は、労働力の不足を解消する一方で、物価の上昇を防ぎ、かつ現地の労働者にも悪影響を与えることがないという斬新なメカニズムであると見なされている(Massey and Liang 1989, pp.201‐202)。

アメリカ進歩センター(the Center for American Progress)のロバート・リンチとパトリック・オークフォードは、もし不法移民に合法的な身分が与えられたなら彼らの賃金は15・1%程度上昇するだろうと主張している(Lynch and Oakford 2013)。

移民制限政策は、労働者を非生産的な場所に閉じ込め、生産拡大の妨げとなる。対照的に、国境が開放されれば、地球上のすべての人が自分の労働生産性が最も高くなる場所に移動できる。

先進国では、ベビーシッターやクリーニング、運転手など、それほど技能を必要としないサービス部門が大きく伸び、その後はより労働集約的な農業や建設業へ成長の重心が移行していくだろう。

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【本】17005『AI時代の人生戦略 「STEAM」が最強の武器である』成毛 眞

AI時代には科学的な素養が重要になる、ということを主張している。
鈴木寛先生、ホリエモンとの対談部分が面白い。

ホリエモンとの対談部分で、センサーをつくる企業が強い、というのが筆者の主張で、ホリエモンはそれを統合する企業にも勝機があるとする立場。
私は、後者に賛成だ。現代に独自技術を守り続けることなどできない。したがって、センサーなど技術だよりの企業は、結局コスト競争を避けられない。それよりも、各種センサーをうまくパッケージ化して、サービスを生み出す企業の方が柔軟性があって強いのではないだろうか。
もちろんサービスのほうが、後追いしやすいので競争との戦いは避けられないが。

STEMとは、  サイエンス(科学)の「S」  テクノロジー(技術)の「T」  エンジニアリング(工学)の「E」  マセマティックス(数学)の「M」 ──を並べた造語だ。

イギリス・オックスフォード大学のマイケル・オズボーン准教授は、2013年当時から10~20年の間に、アメリカの総雇用者の約47%の仕事が機械に代替される

ロボドクターなるスマホサービスが出現してくるかもしれない。  患者は医者からもらったカルテや検査結果、CT(コンピュータ断層撮影装置)などの画像データをスマホで送ると、それにあった病院と治療法を紹介してくれるというようなサービス

すでにあるものに新しいテクノロジーが掛け合わされ、新しい価値が見いだされる。こうした価値の再発見は、これからさまざまな分野で生まれるだろう。

強いのはアセンブリする企業じゃなくて、センサーのようなコンポーネントをつくれる企業でしょう。そこが最終的な支配者になりそう。 堀江 僕は、すべてを垂直統合するアップルみたいな立ち位置はアリだと思いますよ。そのモデルでパーソナルモビリティをつくるのは、絶対アリ。

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【本】17004『続・下流老人 一億総疲弊社会の到来』藤田 孝典

下流老人の続編だ。新規の情報は少なかったが、前作の頃からまったく社会が前進していないところは憂慮すべき事態だろう。

社会保障負担に苦しむ日本にとっては、社会保障の優先順位を考えないといけないのは間違いない。しかし、「誰の優先順位が低いのか」という議論が全く進んでいない。

高額医療費の上限をあげるなど「社会保障費がかかる群」の自己負担をあげるのか、それとも「高齢者」の自己負担をあげるのか。ゆるやかに後者の方針を辿っているようだが、はっきりと打ち出していはいない。

果たしてソフトランディングできるのだろうか。

下流老人の最大の特徴は〝3ない〟状態にあることだ。3ないとは、すなわち「収入が少ない」「貯蓄がない」「頼れる人がいない」の3つである。

総務省の「家計調査報告」の平成28年4~6月期平均速報によると、単身高齢者(65歳以上)の1か月の平均支出額は約14万円だ。つまり多くの高齢者(月7万~10万円の年金受給者)が、一人暮らしであれば月あたり4万~7万円の不足分を貯蓄の切り崩しか、別の手段で確保しなければならない状況にある。

単身世帯も含めた高齢者世帯の場合は、43・5%が500万円未満の貯蓄しかなく、うち16・8%は「貯蓄なし」の状態

これからの日本では、高齢者も含め、全員が一生涯働き続けなければ暮らしていけない。つまり高齢期の労働が、文字どおり死活問題に直結する社会がやってくる。

「保険料や税を多く支払った分だけ、生活が改善された」という〝受益感〟がない

日本の労働者、特に会社員は「ポータブル・スキル」が低いことが挙げられる。ポータブル・スキルとは、「業種や職場が変わっても〝持ち運び可能な能力〟」のこと。わかりやすい例でいえば、TOEICや簿記といった資格のほか、広義にはマネジメント能力も含まれるとされる。

退職後に「在職中にやっておけばよかったこと」として多く挙げられたのは、「定年後の生活のための預貯蓄」(42・9%)、「定年後も生かせる専門的技術の取得」(32・1%)などだ。

多問題家族には、大きな特徴が2つある。1つは問題の背景に貧困があること、もう1つは問題を抱えている者同士が〝共依存〟の関係にあることだ。

「一億総活躍社会」とは、いわば国の資産たる国民の労働力を増やしたうえで、「総資産回転率を極限まで高めていく社会」であるといえるだろう。

2016年1月に東京都高齢者福祉施設協議会が、全国の特養457施設を対象に行ったアンケート調査によると、13年から15年にかけて、1施設あたりの平均待機者数は17・7%減少したという。また、そのうち95の施設で「(ベッドの)稼働率が下がった」という回答が得られた。

個人資産の役割が生活のリスクヘッジそのものである限り、わずかでも損失のリスクがある投資にカネが流れないのは、当然だ。  結局、個人貯蓄を増やすのか、増税によって公的サービスを拡充するのかは、「誰がカネを管理して我々の生活を保障するのか」の問題であって、貯蓄が増えたから個人が豊かになった(逆に増税したから個人が貧しくなった)ということにはならない。

AEQUITASという団体は、最低賃金を1500円に上げようという運動を展開し、着実に広げている。非正規雇用者の多くは、時給換算で働いており、時間単価がわずか数百円違うだけでも生活の質が大きく変わってくる。正社員であっても時給換算すれば、1500円に満たないなかで働いている人々は多いだろう。

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