【本】17047『人間の性はなぜ奇妙に進化したのか』ジャレド ダイアモンド

投稿者: | 2017-03-24

原題は、”Why Is Sex Fun?” つまり、「セックスはなぜ楽しいのか」という内容だ。
この方が、内容に沿ったタイトルではあるが、このタイトルだったら内容を勘違いして購入しなかっただろう。
なんとも難しい問題だ。

内容は、動物行動学系の本だ。大変おすすめの一冊。
なぜ、動物の本が好きか。それは、ヒトも動物の一つでしかない、と私が考えているからだ。
文化、宗教もいいが、その前に、動物の本能に抗うことは不可能だ。
全人類に普遍的な、本質的なものを探すのに、動物の事例は大変参考になる。

さて、さすがジャレド・ダイヤモンドと言うべきだろう。考察がさすがとしか言いようがない。

なぜオスが授乳できないのか。この疑問に一章分を割く筆者がどこにいようか。
私も、筆者の考察に賛成だ。オスが授乳しないという選択肢をしたのは、哺乳類には合理的だった。
鳥類では概してオス・メスが協力して子育てするのに対して、哺乳類のオスは子育てしない方が多いからだ。
ヒトにとっては「オスが授乳する」ことは合理的であり、今後オスが授乳するように進化・もしくは改造(薬などで)しないとも限らない。

そして、種の進化はかくもオスとメスの戦いであるのか、というのが何冊かの動物行動学の書籍を読んだ感想だ。

まず、生き物の行動原理は、「自らの遺伝子をどう残すか」という主題に沿って合理的に発達してきた。いわゆる、種の保存、などを考えて行動する個体はいない。
トリは、メスが卵という、比較的出産のリスクの低い方法で遺伝子を残す方法を進化させた。その代わり、メスはオスも子育てに傘下させるような戦略を進化させた。
哺乳類は、胎生という、リスクが高いものの遺伝子を残す確率が高い方法を選択した。その代わり、両性の子育てを必要とせず、メスだけで子育てをする種が増加した。

また、子殺しの歴史も長い。
これは別の本だったかもしれないが、子殺しが発生しやすい状況はヒトの虐待と共通している。
1. 自らの遺伝子ではない場合
→これは、継子への虐待事例に相当する。
2. その子供が正常に成長しづらい環境であること
→貧困家庭での虐待
3. その子供の育児にかけたコストが小さいこと
→ヒトの虐待では、あまり見当たらないかもしれない。
3については、経済学でいうところの認知バイアスに含まれる話ではある。それまでかけた育児コストが大きいからといって、今後成長するとは限らない。
サンクコストを考慮せずに損切りするほうが「合理的」である。だが、おそらく自然界においては、かけた育児コストが大きい=ある程度大きく育っている、ということを意味するため、その後に成長する確率も高いと言える。
だから、ヒトはこのようなバイアスを持つように進化したのだろう。いわゆる、「手のかかる子ほどかわいい」「損切りできない」というバイアスである。

このような子育ての歴史を踏まえると、ヒトの虐待も、短絡的な母親・父親への非難に終わるのではなく、子殺しを発生させてしまった社会問題(貧困、母子家庭へのサポート不足)に思いが及ぶ。

生物において、子殺しはオスを頂点とするハーレム型社会で発生しやすい。ボスの交代により、前ボスの子供が殺される。ライオンやチンパンジーなどで見られる。
さて、メスも子供を殺されるだけで黙っているわけではない。

そこで進化したのがヒトである。
まず、発情期を外見では分からないように、乳房を常に膨らんだ状態にした。これにより、オスの交尾による受精確率を下げた。
したがって、オスにとっては子供が誰のこどもか分からなくなる。さらに、子育てしているメスも発情しているか分からないため、殺す意義が小さくなる。
つまり、ヒトにおいては、オス vs メスの戦いはメスに軍配が上がったと言える。

類人猿において、パートナーを得るために各自進化を続けてきた。
その結果、ゴリラは腕力が強くなり、チンパンジーは睾丸が大きくなり、ヒトは頭が大きくなった。
「人類は浮気するために頭脳が成長し、言語が発達した」という竹内久美子氏の説は、案外あたっているのかもしれない。

私は逆の因果関係を指摘したいと思う。つまり直立二足歩行や大型の脳と並んで、閉経や娯楽のためのセックスが重要な要因となり、人間は火を使いはじめ、言語や芸術や書字を発展させたのではないか、と考えるのである。

自然淘汰は遺伝子の伝達を最大化するプロセスであり、ほとんどの場合、生存するということは遺伝子を伝える機会を提供する戦略のうちの一つにすぎない。

どのケースになるかは相互に関連した三つの要因──胚や受精卵にすでにどれほど投資したか、この先、胚や受精卵を育てることでどんなチャンスを逃すことになるか、自分が本当に胚や受精卵の親であることを確信できるか──によって決まる。

「性的役割が逆転した一妻多夫婚」は、うまくオスを獲得したメスにとって、明らかに進化上の夢を実現するものである。このメスは異性間の闘争の勝者であり、自分だけで、あるいはオスと共同で子育てをした場合に育てられる数以上の雛に遺伝子を残しているのだ。メスは自分の産卵能力をほとんどフルに活用している。

答は渉禽類のユニークな繁殖様式にある。

このくらいなら片方の親がいれば充分である。その他の鳥の場合はたいてい、雛に餌を与えるのに両方の親の力が必要とされる。

メスがこれほど苦労して卵を産んでくれれば、オスは早成性の雛をひとりで育て、それによって配偶相手を解放して体重を取り戻させるという、さほど厄介ではない責任を引き受けることで、短期的にも長期的にも利益を得ることができる。

ゴリラやテナガザルなどオスも子育てをする数少ない哺乳類

メスはその後の運命を承知のうえで第二のメスになるのではなく、オスにだまされているだけだということがわかった。  一夫二妻のオスがメスをだますときのコツは、第一の巣穴から二〇〇~三〇〇メートルほど離れた場所に第二の巣穴をつくることである。二つの巣穴の間には、いくつものほかのオスの縄張りをまたぐことになる。驚くことに、第一の巣穴の近くに何十ものよさそうな巣穴があっても、オスはそこでは第二メスに求愛しようとしない。

伝統社会においては多くの、もしくはほとんどの男性が何の疑問ももたずにきちんと子供や妻の面倒をみていた。こうした世話行動には以下のようなものが含まれる。食料を調達し、分け与えること。捕食者から妻子を守るのみならず、妻に性的関心をもち、子供たちを(潜在的な継子とみなし)繁殖を妨げる厄介者視しているよその男性からも妻子を守ること。土地を手に入れ、産品を得られるようにすること。家を建て、庭をつくり、そのほか有益な力仕事をすること。子供、とくに息子を教育し、生き残るための力をつけさせることなどだ。

ハトはオスもメスも、嗉囊からいわゆる「ハト乳」を分泌して雛を育てる。

温血脊椎動物のおもな二つの分類群、鳥類と哺乳類とをくらべてみると、オスが親としての世話をするのが鳥類では当たり前だったのにたいし、哺乳類ではきわめてまれであるということだ。

両親が世話をすることが鳥類では基本である。

妊娠期間は、最短でバンディクートの一二日間、最長の場合はゾウの二二カ月におよぶ。哺乳類のメスはこうして最初から子に大きく関与するため、出産後、子を放棄するとはったりをかけることができない。その

普通のオスの乳汁分泌が進化する条件について、理論的に予測することはできる。それは次のような条件だろう。まず一腹から複数の子が生まれて授乳が大きな重荷となる場合。オスとメスが一夫一妻制をとっている場合。オスの父性がはっきりと確信できる場合。そして、配偶者がすぐにつぎの妊娠をして、そのあいだに、父親が体内でホルモン分泌を行なうことで自ら授乳する場合などだ。

ヒトという種の最大の特色は、進化に対抗する選択ができるという能力にある。これはほかの動物にはないものだ。人類のほとんどは、自ら選んで殺人やレイプや大量殺戮を放棄している。しかしこうした行為はほかの動物の世界では遺伝子を後世に伝える有効手段として当たり前のことだし、人間社会でも以前はよく見られたことなのである。

動物の行動についてさらに多くのことがわかってくるにつれ、この「家族のつながりを強めるためのセックス」という説では、多くの疑問が解決されずに残ってしまうことがはっきりしてきた。

人間の伝統社会の最大の特徴は、夫婦となったカップルがほかのカップルとともに大きな集団のなかで暮らし、お互いに経済的に協力し合わねばならないことだろう。

父親と母親はお互いに協力して何年間も無力な子供を育てていかなければならないが、往々にしてすぐそばにいる別の繁殖可能な異性が誘いをかけてくるのである。

結婚、共同子育て、姦通の誘惑という、ヒト独自の組み合わせが生まれた。

「マイホームパパ説」は、排卵の隠蔽が進化したのは、一夫一妻を促進し、男を家にとどまらせ、そして男に妻の産んだ子供の父親が自分だという確信を強めさせる意義があったから

たくさんの父親説」のほうは、排卵の隠蔽が進化したのは、女にたくさんの性交相手を得させて、その結果多くの男たちに子供の父親が自分かもしれないと思い込ませる意義があったから

ゴリラの赤ん坊の死因の三分の一以上は、この子殺しによるものである。

メスの排卵がわからなければ、群れのなかのオス同士の争いが減ることにもなる。一回交尾したところで必ずしも妊娠につながるわけではなく、したがってもはや争うほどの価値はない

排卵の隠蔽が進化した適応的意義は、オスによって子の生存が脅かされるおそれをメスができるだけ少なくしようとすることにあるとフルディは考える。

排卵の隠蔽を進化させた配偶システムは、一夫一妻ではなく、乱婚かハーレム型であったのだ(

すなわち、アチェの男たちは家族のためより自分のために狩りをするのだ。

男性の遺伝的利益にとって最善のことは、必ずしも女性の遺伝的利益にとって最善となるわけでなく、逆もまた然り

かくして、男はなんの役に立つのかという疑問は、人類学者のあいだではもとより、われわれの社会でも論じられつづけているのだ。

われわれの巨大な脳や直立姿勢(人類の進化の教科書では必ず強調される)、排卵の隠蔽や楽しみのためのセックスを好む傾向(教科書にはあまり取り上げられない)と並んで、閉経はわれわれ人間を人間──すなわち、類人猿以上の、類人猿とは異質の存在──たらしめるのに不可欠な生物学的特徴の一つ

最も効率的につくられた身体とは、すべての器官がほぼ同時に使いものにならなくなる身体である。

ヒトの女性の閉経の進化的な根拠を理論化するには、より少ない赤ん坊を産むという一見逆効果の女性の戦略が、実はより多くの赤ん坊を残す結果になっていることを説明しなければならない。明らかに年老いた女性たちは、新たに子供を産むのではなく、すでにいる子供や未来の孫やその他の親類を親身に世話することによって、自分の遺伝子を担う個体の数を増やしているのだ。

事実上、年老いた母親は潜在的な利益にたいして非常に大きなリスクを引き受けている。これらの要因がセットになって女性は閉経するほうが有利になり、その結果として逆説的ではあるが、子供を産む数を減らすことが、多くの子供を生き延びさせることにつながったの

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