【本】17071『いま世界の哲学者が考えていること』岡本 裕一朗

投稿者: | 2017-05-04

いまの哲学者が、というよりも現在の話題について、哲学史の流れからの視点を解説している。
特に前半は、哲学史を簡単にまとめており読みやすい。

結局のところ、技術の推進の原動力となるのは経済的な理由であり、哲学は事後的に解釈をつけくわえる役割に過ぎないとは思う。
しかし、哲学によって初めて納得できる解釈が可能となるのも事実だ。
哲学についてサワリだけでも知っておきたいという方にはいいのではないか。

そのレトリックでヘーゲルが述べようとしたのは、哲学が「自分の生きている時代を概念的に把握する」ということです。 自分の生きている時代(「われわれは何者か」)を捉えるために、哲学者は現在へと到る歴史を問い直し、そこからどのような未来が到来するかを展望するのです。

哲学の世界的な潮流を考えるとき、1960年代ごろまでは、およそ三つに分類されていました。一つがマルクス主義、二つ目が実存主義、三番目が分析哲学

一方で情報通信技術の発展(IT革命)によって書物にもとづく「人文主義」が、他方で生命科学と遺伝子工学の発展(BT革命)によって「人間主義」が終わろうとしています。

生活するために十分なおカネがない人(貧者)がいれば、道徳的には、その人を救済する必要があります。こうして、道徳的に重要なことは、格差ではなく「貧困」になります。

①と②を比較してみますと、まったく逆になっているのです。ここで①は「パレート原理」と呼ばれ、「社会の全成員が一致してある社会状態を選好するならば、社会全体にとってもその状態を選択するのが望ましいと判断されねばならない」とされます。二人ともが、LよりもPが読む方がよいと考えていますから、全体としてPLとすべきでしょう。ところが、個人的自由の原理から言えば、②LPが出てくるのですから、全体の決定とは矛盾するわけです。

つまり、①「もしハイパーグローバリゼーションと民主主義を望むなら、国民国家はあきらめなければならない」。あるいは、②「もし国民国家を維持しつつハイパーグローバリゼーションも望むなら、民主主義のことは忘れなければならない」。そして、③「もし民主主義と国民国家の結合を望むなら、グローバリゼーションの深化にはさよならだ」。ロドリックは、こうした三つの選択肢を、次のような図として示しています。

マルクスの予言が「資本主義は失敗することによって生きのびることができない」だったのに対して、シュムペーターは「資本主義は成功することによって生きのびることができない」と予言した

センが示唆しているのは、経済と環境を対立させるのではなく、むしろ統合することです。しかし、問題は経済と環境はどうすれば統合できるのか、

生態系サービス」は、一般に四つに分けて議論されています。①食糧・水・木材・繊維・遺伝子資源などを供給するサービス、②気候・洪水・疫病・水質を調整するサービス、③レクリエーション・審美的享受・精神的充足感などの文化的サービス、④土壌形成・花粉媒介・栄養塩循環などのように、他の生態系サービスの基盤となるサービスです。

のは、「生態系」という環境の価値が、サービスという人間的な経済利益と結びつくことです。

ベックによると、近代化は、19世紀に「産業社会」を成立させましたが、20世紀の70年代(ドイツ)には「リスク社会」へと移行

一つは、「未来において生じる可能性のある危険」であって、確率的な予測ができるものです。もう一つは、ブーメラン効果と呼ばれますが、人間による活動が人間自身に戻ってくる事態を意味しています。「リスク」は単なる自然災害のように、降って湧いたものではなく、人間自身の活動によって生み出されたものなのです。だからこそ、ベックは次のように語っています。

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