【記事】(読売新聞)福島・被災地 糖尿病・がん リスク増加 原発事故で生活激変

投稿者: | 2016-06-17

2016/03/13 東京読売新聞 朝刊
コメントを掲載していただきました。
貴重な機会をいただきありがとうございます。

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◎学ぶ 育む わかるサイエンス
 ◇震災5年
 福島第一原子力発電所事故の被災地で、運動不足や栄養の偏りなどに起因する生活習慣病やがんのリスクが増加している。津波や原発事故による長期避難、さらに地域生活の一部となっていた農業や漁業が放射性物質による汚染で長期間ストップしたことなどが複合して、生活を激変させたことが背景にあるという。(本間雅江)
 ■区域外も健康被害 
 原発の北側に位置する福島県南相馬市。避難指示区域に住んでいた70歳代の女性は、3年ほど前に糖尿病と診断された。家族を津波で失い、近所付き合いや外出が減っていたことに加え、診察した相馬中央病院の森田知宏医師(28)は「事故で食生活が変わった影響も大きかったようだ」と話す。野菜や魚は毎日、取れたてのものを分け合うのが当然だった地域。それに慣れた女性は、スーパーに並ぶ生鮮品を買う気になれず、できあいの総菜で済ます生活が続いていたという。
 南相馬市立総合病院などに勤める坪倉正治医師(34)ら日英の研究チームは、原発から10~50キロ・メートル圏にある南相馬市と相馬市で、40歳以上の住民6406人を対象とした健診のデータに着目。糖尿病の発症率を調べた。その結果、避難指示区域内に住んでいた人が糖尿病になる割合は事故後、毎年上がり、2013年は事故前の1・55倍、14年には1・6倍になった。
 ただ、糖尿病の増加は、避難指示が出ていない区域の人にもみられ、14年は事故前の1・27倍だった。不自由な避難生活の長期化で体調を崩す例は、過去の大災害でも知られているが、坪倉さんは「福島では避難していない人たちにも健康被害が広がっている。農業や漁業などの仕事をやめ、家族と離れて暮らすなど、生活環境の変化が病気のリスクを押し上げている」と推測する。
 ■きめ細かい支援を 
 生活習慣病とともに懸念されるのが、がんのリスクの上昇だ。
 放射線被曝(ひばく)の影響については、旧ソ連・チェルノブイリ原発事故(1986年)に比べて早く避難し、汚染された食品の流通も制限されたことなどから、国連科学委員会が13年の報告書で「(大半の)がんの増加は見られないだろう」と報告した。しかし、放射線を気にするあまり、行動が制限されたり精神的ストレスが増したりして、大量の飲酒や肥満などを招くことが、がんのリスクを高める要因として、専門家から指摘されてきた。
 細胞の中のDNAは、様々な原因でしばしば傷ついては、修復されている。たまに修復が失敗し、DNAに異常が残ったまま細胞が複製されると、がんにつながることがある。
 放射線はDNAを傷つけ、がんのリスクを上げる要因の一つだが、100ミリ・シーベルトより低い線量での影響は明確でない。一方、飲酒などの影響はかなり明確に知られている。国立がん研究センターによると、喫煙や毎日3合の飲酒は、がんになるリスクを1・6倍に高める。これは1000~2000ミリ・シーベルトの被曝に相当する。肥満や運動不足もがんのリスクを約1・2倍に高め、200~500ミリ・シーベルトの被曝に相当する。
 福島県立医大では、健康講座や、個々の悩みを聞く「よろず健康相談」などの開催に乗り出した。「生活環境が変わった事情は個々で異なる。食事や運動の改善のほか、悩み相談などのきめ細かいサポートが不可欠だ」と、県民健康調査を担当する橋本重厚教授(59)は話す。
 一方、子供については、除染が進んで外で遊びやすくなるにつれ、肥満の増加に歯止めがかかってきた。5~17歳を対象にした文部科学省の調査によると、事故後は県内の肥満が増加傾向で、14年度は6、7、9、11、12、13歳は肥満の割合が全国最悪だったが、15年度には全国最多の年齢層がなくなり、事故前の状態まで改善しつつあるという。
 ◆100ミリ・シーベルト以下の影響未解明 
 放射線被曝によるがんのリスクのデータは、広島・長崎の原爆被爆者ら12万人を対象に行われた調査が基になっている。国際放射線防護委員会(ICRP)によると、人口当たりのがん死亡率は、100ミリ・シーベルトの被曝で0.5%増え、線量に比例して上昇。1000ミリ・シーベルトでは5%増える。
 100ミリ・シーベルトを下回る被曝での影響が明確に認められていないのは、死亡率が増すとしてもわずかで、集団全体では運動不足や飲酒といった他の要因の方がはるかに影響が大きくなるためだ。つまり、低線量の被曝をした人ががんになっても、それが放射線のせいなのかどうかを見極めるのは難しい。
 また、短期間に100ミリ・シーベルトを被曝した原爆の場合と、たとえば福島で年10ミリ・シーベルトずつ10年間浴びた場合で、健康影響が同じかどうかは解明されていない。その比較をするため、放射線医学総合研究所はネズミを使った実験に取り組んでいる。
 100ミリ・シーベルトより低い線量でも影響が「ない」とは言い切れないため、ICRPは影響が「ある」と仮定して、一般人が自然界や医療以外で被曝する放射線の許容量を「平常時は年1ミリ・シーベルト以下」と勧告。原発事故からの復旧時については「年20ミリ・シーベルト以下」とし、様々な条件を勘案しながら妥当な範囲で下げるよう求めている。(船越翔)

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