【本】17108『かくて行動経済学は生まれり』マイケル・ルイス、渡会圭子

投稿者: | 2017-08-26

行動経済学を生み出した、イスラエル出身の天才コンビについて書いた本である。
行動経済学の内容自体なら、他の本を読んだ方がいいだろう。
本書は、その天才たちがどういった気付きからこの学問を打ち立てるに至ったかについて書いてある。
また、日常に潜む様々なバイアスについても記載があり、面白い。
特に、医療現場でのバイアスについては、身近なものもある。(とはいえ、これらを元に診断学のエビデンスなどが打ち立てられてきたので、現代の医療現場ではややあてはまりにくい。)

話の内容が繰り返したり、話が前後したりするのは、翻訳本のご愛嬌といったところか。
あまり難しく考えずに、さらっと読むのがいいかもしれない。
そして、行動経済学については他の本を読むのがおすすめだ。

予測〟という名目で行なわれたり、言われたりしていることは、実はまやかしだとモーリーは気づいた。本当にわかっているのではなく、わかったふりをしているだけだ。世の中には、正直に答えれば「確かなことはわからない」と言うしかない、興味深い問題がたくさんある。「十年後の原油価格はいくらか?」もその種の問題だ。だからといって、答えを見つけるのを諦めたりはしない。ただ、確率で表現するだけだ。

スカウトはほぼ一瞬で印象を決め、そのあとはそれに合うデータを集めてしまう傾向にあるのだ。これは〝確証バイアス〟というものだと聞いたことがあった。人間の頭は予期せぬものは見えにくく、見たいものは目に入りやすくなるようにできている。「

言う。 おそらく人の頭がもっとも得意とするのは、不確実なことであろうと確実だと錯覚させることなのだろう。

保有効果、確証バイアス。他に〝現在バイアス〟というものもあった。これは意思決定を行なうとき、現在に比べて将来の価値を低く見積もる性質だ。〝後知恵バイアス〟は、ある結果を見て、最初から予測できたはずだと考える傾向である。

ダニエル・カーネマンが信じていないものは数多くあるが、その中でもっとも興味深いのは「自分自身の記憶」である。

ゲシュタルト心理学の中心にあるのは、行動主義者たちがあえて無視していた問題だった。すなわち、脳はどのように意味を生み出すのか、という問題である。

「類似の関係についての方向性と非対称性は、直喩と隠喩で特にわかる」とエイモスは書いている。「『トルコ人はトラのように戦う』とは言うが、『トラはトルコ人のように戦う』とは言わない。トラは闘争心が旺盛なことで有名なので、直喩の対象ではなく、闘争心の指示対象である。詩人が『わたしの愛は海のように深い』と書いても『海はわたしの愛のように深い』としないのは、海は深さの典型としての表現だからだ」

いる。「われわれは他人がなにかをうまくやったときに報酬を与え、うまくいかなかったときに罰を与える傾向がある。だが、平均への回帰があるために、統計的には他者をほめても報われず、罰を与えるとうまくいく。それが人間の生活の一部になっている」。

ダニエルは、研究者が理論に固執するとこういうことが起こるのだと思っていた。彼らは理論を証拠に当てはめるのではなく、証拠を理論に当てはめていた。すぐ目の前にあるものを見ようとしなかったのだ。

た。「いま思えば、臨床上の推測を学習するという最初の問題構築が単純すぎたようだ。このように難しい作業には、結果のフィードバックよりはるかに多くのことが必要である」

オレゴンの研究者たちはその仮説を検証した。するとそれが正しいとわかった。自分ががんなのか知りたいなら、彼らがつくったアルゴリズムを使ったほうが、レントゲン写真を見て診断する放射線科医に尋ねるより良かったのだ。単純なアルゴリズムが医者全体を上回っただけではない。特に有能な医者をも上回ったのだ。医学のことは何も知らず、医者にいくつか質問しただけの研究者がつくった計算式が、医者に取って代われるだけの診断を行なえた。

不確実なことがあるところには、判断しなくてはならないことがある」とレデルマイアーは言う。「そして判断があるところには、人が間違える余地がある」

レデルマイアーの経験からすると、医者は統計的に考えない。「医者の八十%は、自分の患者に確率が当てはまると思っていない」と彼は言う。「

治療したあと患者がよくなったからといって、その治療のおかげでよくなったとは言えないというのが、レデルマイアーの考えだっ

医者は同じ病気を何度も診る。彼らは一回きりの賭けを持ち掛けられているだけではない。同じ賭けを何度もするよう求められているの

エイモスとレデルマイアーが書いた論文(注20)は、個々の患者を治療するときと、患者の集団にとって理想的な治療を考えるときとでは、医師は違う行動をとることを示したもの

レデルマイアーはそれをこんなふうに表現した。「最後の印象が、持続する印象になりうる」

その頃終えたばかりの、人間の判断についてのエイモスとの共同研究をふまえると、「重大な決定は、現在も何千年前と同じように、権力を持つ立場にある少数の人間の直感と好みで行なわれている」。これはさらに厄介なことだと、彼は思った。意思決定者が、自分たちの頭の内部の働きを直視しようとせず、直感に頼り続けているために「社会全体の運命が、指導者が犯した、避けられたはずのいくつもの間違いによって決められている可能性が高い」からだ。

人が意思決定を行なうときは効用を最大にするのではなく、後悔を最小にしようとするのだ。

人はやってしまったこと、やればよかったと思っていることについては、やらなかったことや、おそらくやるべきだったことに比べ、はるかに強く後悔するのだ。「

やがて〝保有効果〟と呼ばれるようになるカテゴリーに入るものだった。保有効果とは心理学の考え方だが、経済学的な影響をもたらす。人はたまたま持っているものに、自分が所有しているという理由だけで、余分な価値を付加し、それを手放すのを意外なほど渋るのだ。手放したほうが経済的に得になるのはわかっていてもだ。

一九九七年に彼らが書いた論文は、携帯電話で話しながらの運転は、血中アルコール濃度が法定上限を超える状態での運転と同じくらい危険であると証明した。携帯電話で話しているときは、そうでないときより四倍も事故を起こす可能性が高い。それは電話を手に持っているかいないかとは関係ない。

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