【本】17017『日本人が意外と知らないアジア45カ国の国民性』造事務所

投稿者: | 2017-01-28

トルコなどの西アジアから、中東と呼ばれる中央アジア、東アジアまで多くの国についてざっくりと特徴、お国柄がまとめられている。

ネパール国民の多数は貧しいが、稼ぎ頭になっているのが、グルカ兵と呼ばれるイギリス軍に雇われたネパール軍人だ

パキスタン人は男女ともにけっこうオシャレ好きだ。近年の都市部ではメンズエステが広まりつつあるし、女性はベールで顔を隠している人が大部分だが、思い切り派手に化粧したり、ふんだんに香水を身につけている人が多い

パキスタン人が、宿敵インドを牽制するため頼りにしているのが中国だ。民間レベルでも中国文化が広まり、パキスタンの料理といえばインドと同じく鶏肉や羊肉のカレーが主流だが、庶民の間では中華料理も人気が高い

日本人をさすフレーズとして「エコノミック・アニマル(経済的動物)」という言葉があった。じつは、この言葉を最初に使ったのは、1960年代のパキスタンのブットー外相だったという。  このフレーズ、一般的には金儲けにばかりかまける日本人を揶揄したものと解釈されていたが、本来の意味は「日本人は経済活動にすぐれた存在」というほめ言葉

バングラデシュ
自国の言葉であるベンガル語へのこだわりはとても強い。テレビでは隣国インドの番組も視聴できるが、日本からインドに輸出されたヒンディー語版の『ドラえもん』を観る子どもが増えたため、政府は子どもがベンガル語を話さなくなることを怖れ、なんと『ドラえもん』の放送を禁じ

ほとんどの庶民はイスラム教の戒律に沿って生活しているが、ファッションなどはベンガル地方特有のものもある。イスラム教では女性は人前で肌を露出してはいけないが、バングラデシュではなぜか、ボディラインや胸元や脚をさらすのはダメでも、ヘソ出しルックはOK

ブータンはチベットやシッキムがたどった道を避けるため、長らく外国人の流入を極度に抑え、鎖国に近い政策を続けて内部の結束を維持してきた

ジャワ島にあって、ビジネスの中心地である首都ジャカルタでは欧米的なシティライフを過ごし、バリ島ではサービス業が充実。スマトラ島では天然資源の採掘、その他無数の島々で暮らす少数の民族は、昔ながらの漁や農業でのんびり暮らしている

女性が外出するときに頭に被るヒジャブというスカーフもほとんどせず、肌の露出も中東に比べると大胆。最近でこそインドネシアでヒジャブをつける若い女性が増えたが、これはテレビなどで芸能人がつけていたため。カラフルな色や柄のついたヒジャブを、ファッションの一部として

インドネシアでは、伝統的に女性の立場が強い。祖先を両親ともにさかのぼる双系制社会とはいえ、一家を支えるのが女性であることが多い

ジャワ島の田舎では、田植えや稲刈りなどの重労働も女性がこなし、男性は水牛を使って2~3時間働くだけであとはのんびりしている

シンガポール
合計特殊出生率が1・29と、日本以上に少子化が進んでいる。最近はそんな状況に辟易して、国外脱出を計画する人も少なく

急成長の原動力ともいえるのが若い力だ。総人口の55%を29歳以下が占め、労働人口も半分を超える。この若さが活力を生み、貧しさから脱出しているのだ。  ベトナム戦争を知らない現代っ子たちは、かつて敵国であったアメリカへのわだかまりもなく、英語を学び、iPhoneやiPadをいとも簡単に使いこなしている。

国としてもIT立国を目指しており、ネット環境の整備には力を入れている。2000年以降の10年間でインターネット利用者の増加率は120倍

地域のパート程度だと月20~30万ドン(約2000円前後)だが、台湾などでは1年目でその10倍、2年目には20倍になる。たいていは2年契約なので、一度行ってくると地方なら家が建てられる

ベトナムでは家事手伝いやメイドのことを「おしん」という。語源になっているのは、日本で1983年に放送されたNHKの朝の連続テレビ小説だ。『おしん』は日本だけでなくアジア各国でも大ヒットを記録した人気ドラマだが、「お母さん、来月からおしんに行ってくるね」と、仕事の名前に

マレーシアの高度経済成長の背景には、かつての日本と同様に、先進国の高い技術力を吸収していったことがある。日本からもODAだけでなく、多くの企業が進出している。コピー商品の生産拠点という汚名を被ることにもなったものの、技術吸収能力では世界一

フィリピン
1521年のマゼラン上陸以降、300年以上スペインの植民地であったことによる。その後、19世紀にアメリカの支配を受け、戦時中は日本軍に占領された。フィリピンでは、スペインを植民地支配の悪役ととらえ、アメリカは解放者として親しみを持つ傾向がある。フィリピンの軍事顧問だったマッカーサーが、日本軍が侵攻した際に、「I shall return.(わたしは戻ってくる)」と言い残して撤退したのは有名な話だ。若者はアメリカ文化にあこがれている。しかし、被支配の歴史が長いだけあって、文化的にはスペインの影響が多く見られる

基本的には社交的で、義理堅くて親切なフィリピン人だが、やはり人と人とのつきあいでは越えてはならない一線がある。フィリピンでは初対面のときに握手をするが、同時におじぎをするのは失礼

そして、商談相手などから家に呼ばれるのは家族ぐるみのおつきあいをしたいという申し出になるが、あまり長居をしてはいけない。時間を守らない東南アジアのルールに従って、10~15分くらい遅れて行き、お酒は軽く30分くらい。そして食事を食べ終わったら早々に帰るのがマナー

識字率は25%程度だったが、教育にも力を入れて就学率は90%台に乗せた。このカブース王の治世の間、50万人ほどだったオマーンの人口は一気に6倍にまで膨れ上がっている。  ただ、カブース王は独身で後継者がいない。上からの改革で近代化を成し遂げられたオマーン人にとって、後継問題は最大の関心事だ

カタールは国民一人当たりのGDPが9万ドルを超えるという世界一リッチ

アルジャジーラは、改革者として名高いハマド前首長が、ポケットマネー1億5000万ドルで設立した。「お金は出すが口は出さない」スタイルで太っ腹なところを見せている

最近のクウェート人の合言葉は「湾岸戦争のころは良かった」というものだ。もちろん侵攻されたことを懐かしんでいるわけでも、イラクに支配されたいわけでもない。最近国内での階層争いが表面化しているためだ。「イラクの侵攻時はクウェート人がひとつになっていたのに、共通の敵がいなくなったら醜い勢力争いをするなんて悲しい」というわけだ。  この原因となっているのが、「ハダル」と呼ばれる都市民と、「バドゥ」と呼ばれる部族民の対立だ。かつて、旧クウェート市内には壁があり、外敵を防いでいたことから、ハダルには「壁の内側がクウェート人」という意識がある。ハダルが第一市民、バドゥは第二市民とする風潮もあった

連邦予算の8割はアブダビが負担し、ドバイが1割だ。7カ国の代表による最高評議会でも、この2カ国には拒否権が認められ、大統領をアブダビ首長のナヒヤーン家、副大統領兼首相をドバイ首長のマクトゥム家から出すのが慣例となっている。いってみれば、アブダビとドバイがほかの5カ国を養っているような形

シーア派とスンニ派が争っていればクルド人が仲介し、シーア派とクルド人が争っていればスンニ派が仲裁するというふうに、第三者が仲裁役に

イラン・イラク戦争以前は宗派の違いなどほとんど意識されておらず、都合しだいでごく軽いノリで宗派を変える人もいたというから皮肉な話だ。ミもフタもない話、シーア派とスンニ派の対立は教義内容ではなく経済格差、あるいは利権の奪い合いだとする説もある。実際、マリキ政権下ではシーア派が石油利権を独占していた

シリア人は、欧米だけでなく東アジアの国々にも意外に理解が深い。東アジアと縁遠い中東ではときどき日本人と中国人を混同する人もいるが、シリアが平和だった当時、テレビドラマで「メイド イン ジャパン」と書かれた服を着た韓国人を、うっかり日本人と間違えるというギャグが放送されたこともある。シリア人が日本という国をきちんと認識していることがよくわかる

新世界七不思議」にも選出された。紀元前からの文明が今も残るが、国としての歴史も古い。  ヨルダンを統治しているハーシム王家は、預言者ムハンマドの曽祖父ハーシムの子孫を名乗る。国名の「ヨルダン・ハシェミット王国」にあるハシェミットもハーシム家のこと。ハーシム家は、かつて聖地メッカの太守を任されていた名家で、サウジアラビアのサウード家よりずっと格式が高い

イラン人は、同じイスラム教の国でもほかのアラブ諸国とは仲がよくない。隣国イラクとの政治的な関係は改善されているものの、個々人レベルではおたがいに「イラン人は信用できない」「イラク人は信用できない」と言う人もいる。  これはペルシャとアラブの民族対立に加え、イランがイスラム教全体では少数派にあたるシーア派が主流の国という点もある。シーア派は、開祖ムハンマドから4代目の指導者アリーの子孫のみを正統な指導者と見なすが、サウジアラビアなどアラブ諸国のほとんどが属しているスンニ派は、指導者にはこだわらず古来の慣行(スンナ)を重視する。

イスラエルの日常生活は、基本的にユダヤ教の習慣がベースになっている。  たとえば、チーズバーガーのあるハンバーガー屋はなかなかない。ユダヤ教の食の戒律(コーシェル)では、牛乳が原料のものと牛肉を一緒に食べてはいけないからだ。このほか、肉類はひづめが分かれていて反芻する動物(牛、羊、鹿)ならOKだが、そうではない豚、ラクダ、ウサギなどはNGだ。魚介類はひれとうろこのあるものに限られ、エビ、カニ、タコ、イカ、貝類などはNGとなる。

トルコは100カ国以上に年間約2億ドルもドラマを輸出している。16世紀にオスマン・トルコ帝国の最盛期を築いたスレイマン大帝の時代を描いた歴史物などが人気で、おもな輸出先は同じイスラム圏の中東諸国や、ヨーロッパでトルコ文化の影響が強いバルカン半島の国々だが、はるか遠い中南米にも輸出されている

中東には、九州全県の2倍の人数もの「国を持たない民族」がいる。それがクルド人だ。その居住地は、おもにイラク北部、イラン北西部、トルコ東部のほか、シリアからアルメニアの一部にまたがり、まとめてクルディスタンと呼ばれる

クルド人自治区は油田地帯を押さえているので、イラクの無政府状態が進めば、結果的に事実上の独立国になるかもしれない

日本にも500人以上のクルド人がいる。その多くは、もともと出稼ぎイラン人が多かった埼玉県蕨市に集中して住み、同地は「ワラビスタン」とも通称される。市内の公園では故郷と同じように毎年ノウルーズの祭りが開かれ、地元の日本人も混じってクルド風ケバブを食べたりしている

モンゴルは日本の4倍もの国土を持つが、広島県と同じぐらいの人口しか住んでいない。人口密度は1平方キロメートルにつき2人に満たず、世界でも最下位だ。現在では、その少ない人口のじつに半分近くが首都ウランバートルに住んでいる

現代のモンゴルは、経済面では輸出も輸入も中国が最大のビジネス相手だが、蒙古族(モンゴル族)と漢民族の間には2000年以上も前からの対立感情がある

日本との関係も、長い間あまり良好とはいえなかった。戦前の39年には、満州にいた日本の関東軍とソ連・モンゴル連合軍の戦闘(ノモンハン事件)が起きたため「旧敵国」の扱いが続き、日本との交流が本格化したのは、やっと90年代以降のことだ

アフガニスタンは多民族国家で、いちばん数が多いパシュトゥーン人でも人口の約40%しかいない。外見もバラバラで、浅黒くて彫りが深い人もいれば西洋人にしか見えないような色白の人もいるし、人口の約10%を占めるハザラ人は日本人や中国人に似た東アジア系の顔だ

大まかに言えば、ウズベク人から見るとタジク人は生活慣習も近しい仲間で、カザフ人は広大な土地を放置している怠け者と見なされ、カザフ人とキルギス人は仲間意識がある

ウズベキスタンには約18万人もの朝鮮系の住人がいるのだ。彼らはスターリン時代に極東から中央アジア各地に強制移住させられた人々の子孫で、現在では朝鮮語を話せない人が大多数だ。しかし、韓国はウズベキスタンに友好的で、町中では韓国との合弁会社によって生産された自家用車が多く

タジキスタンは唯一、ソ連崩壊後に旧共産党勢力と反政府勢力の内戦を経験した。このためもあって、旧ソ連圏ではもっとも貧しい。2013年の一人当たりGDPは1000ドルあまりで、カンボジアやバングラデシュと同じぐらいだ

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