未来予測系の本は片っ端から読んでいる。
本書もあまり期待していなかったが、思いの外面白かった。
まず、具体例が多い。
すでに途上国で始まっているスタートアップの名前や内容について事細かに取材している。アフリカやアジアなど、様々な地域で最先端のことが起きていることが分かる。これだけでも読む価値があるだろう。特に医療分野についてたくさんの例が挙げられていたのは参考になる。
個人的に一番おもしろかったのは、あとがきだ。筆者には子供がいる。取材の際には、親の視点から、これからの子供にとって重要な教育とはどのようなものであるかを聞いていた。そのまとめが秀逸である。例えばプログラミングに対して、当たり前になるからさせたほうがいい、コモディティ化するからさせなくていい、いやプログラミングは論理的思考に有用だ、など様々な意見がある。どれも一流のビジネスマンや企業の社長である。個人的には、一番最初の意見に賛成だが、それもどうなるかわからない。さらには、人間しかできない能力である分析力が重要になるとか、様々な意見がある。
共通しているのは、教育の重要性を強調している点だ。あたりまえだが、この国が果たしてできているかは疑問である。日本の公的教育費の対GDP比は、3.77%とインドよりも低い。少子化があるからそれでいいじゃないか、というのではなく、少子化だからこそ子供を大事にしなければ、という風潮にならなければ、日本の将来は暗い。
“同じ30年間で貧困率は84パーセントから13パーセントに激減し、ざっと6億人が貧困から抜け出した。30年間で経済規模は25倍に拡大し、中国はアメリカに次ぐ世界第二の経済大国になった。”
“材料が充分でなくても手に入るものに工夫して低コストでイノベーションを生み出すことを、「倹約イノベーション」という。”
“文化的、人口統計学的、技術的な因子に照らせば、ロボットが日常に満ちる暮らしが世界で最初に目撃されるのは東アジア”
“「ロボット」の語源はふたつのチェコ語、「ロボタ」(しなければいけない仕事)と「ロボトニク」(召使い)だ。”
“最もリスクが高いのは、情報を集めたり当てはめたりすることをおもな業務とする、アメリカの労働人口の60パーセントにあたる人たちだ。”
“1950年、都市に住む中国人は人口の13パーセントにすぎなかったが、いまや人口のざっと半分が都市に住んでいる。政府はこの数字を2025年までに70パーセントに引き上げたい考え”
“1988年以降、中国経済に研究開発(R&D)が占める割合は3倍になった。世界全体を見ても、アメリカのR&Dの割合がこの10年で37パーセントから30パーセントに低下したのに対し、中国は2パーセントから14・5パーセントに急増している。”
“アメリカは、科学および工学分野で世界第二の論文生産国であり(EUの28カ国をひとまとまりに数えた場合)、世界の4分の1を生み出している。しかしこれも、この10年で減少気味だ。一方で中国は、3パーセントから11パーセントに跳ね上がり、世界第3位の論文生産国になった。”
“地球の70億人のうちすでに60億人が携帯電話をもっている。トイレの数より多いのだ。私がアフリカ諸国と、東南アジアの低所得地域を訪問したとき、携帯電話をベースにした医療プログラムが機能しているのを目の当たりにした。病気の診断から、経過観察、薬の服用が適切かどうかの見守り、地元のケアワーカーに対する専門家の支援、住民の教育と啓発まで、健康関連のさまざまな用途に使われている。携帯電話がこうした目的に適しているのは、ほとんどどこででも使え、誰もがつねにもち歩き、目的に合わせてアプリをカスタマイズするのが簡単だからだ。専用アプリは、電話のハードウェア(カメラなど)と標準ソフト(電子メール、カレンダー、連絡先リストなど)を利用するほか、血圧計や心電計などの外部機器に無線でつなぐものもある。携帯電話で人のゲノムをシーケンスすることはできないが、採取した血液試料のデータを地球の反対側にある研究所に送信することはできる。”
“ジョシュは聖ガブリエル病院に戻り、医療従事者75人に携帯電話をもたせて使い方を教え、患者と質疑応答のやり取りをしたり、患者が治療計画の指示を守っているかを見守ったりできるようにした。試験的に実施してみたところ、医療従事者の時間を2000時間以上節約でき、病院は従来よりも2倍多く結核治療に対応できるようになった。 ジョシュとメディックモバイル社は現在、携帯電話の光源とカメラを使って、マラリアと結核を15ドル以下で診断できるツールづくりに取り組んでいる。「10年後には、モバイル技術を駆使した、さまざまなタイプの医療従事者が登場していると思います。医療制度は、非集中と現地化、そして予防重視の方向へ進むでしょう」とジョシュは言う。”
“医師不足問題を克服しようと、シンバ社は、ケニア人の93パーセントがモバイルユーザーという強みを活かして、モバイルをとことん利用し尽くそうとした。アプリには症状チェッカーや、応急処置の方法、医師リスト、病院の場所を探索する機能、緊急通報機能などが入っている。農村や山岳地帯が多く、医療へのアクセスがむずかしい国で、メドアフリカは、医学知識をもつ人と村民を結びつけ、携帯電話である程度の医療を受けられるようにした。”
“アイネトラ社は、ビューワーと呼ぶプラスチックレンズをスマートフォン上に装着する方法を編み出した。利用者がビューワーをのぞきこむだけで、近視、遠視、乱視を診断し、必要があれば適切な補正レンズのアドバイスができる。”
“20年後にも存続しているライフサイエンス企業とは、普及したモバイル技術を駆使し、地球のすみずみまで、より広くより良質な医療サービスを届ける企業のはずだ。”
“シュラグ博士はこう問いかける。「専門知識を細分し、人体のある特定の部分のある特定の病気だけに限定して、地球の反対側にある村を丸ごと教育し、世界有数の専門家に育てることは可能だろうか?」”
“シュラグ博士は例として乳ガンを挙げる。通常の乳ガン検診では、マンモグラフィー検査のあとで医師が診断を下す。しかし、マンモグラフィーの読影はさほどむずかしくなく、訓練をすれば、医師でない人でもおこなえる。「ネガティブ(所見なし)」から、「生検による悪性腫瘍確認済み」まで羅列された、乳腺画像報告データシステムに照らして画像を分類し、異状があると思われる場合には、要再検査の印をつけて医師にまわすのだ。”
“何が経済を引っ張るのか、真のパワーはどこにあるかと考えた場合、私は、地元の売り手と地元の買い手をつなぐこうしたネットワークだと思う。多国籍の大企業を中心にした考え方から、地元でのつながりへの移行が起きはじめていて、それは売上の数字にもはっきりと表れている」。”
“信用と市場のコード化で次に大きな飛躍を遂げるのは、いわゆる共有経済だ。”
“イーベイやエアビーアンドビーのようなコード化した市場は、取引の集中化と分散を同時に推進する。コード化した市場が小さなベンダーでも利用できるようになり、経済取引は実店舗や本物のホテルから、地域で、あるいはオンラインで結びついた個人に移る傾向が出てきた。これが取引の分散だ。一方で、その取引が経由するプラットフォームはおもにカリフォルニアか中国の少数にかぎられる。これが取引の集中化だ。”
“機械翻訳はまた、ことばの壁のせいで参入がむずかしかった市場の開拓もうながす。とくにインドネシアが当てはまりそうだ。ジャカルタやバリ島には英語、マンダリン、フランス語を話す人が多くいるが、全部で6000もある”
“未来の産業を引き寄せ、国や地域の新しいチャンスをつくるのは、その地域固有の専門知識である。ある産業についての深い知識は、特定の都市や地域に集中する傾向が強い。デトロイトなら自動車、パリならファッション、シリコンバレーならインターネットといった具合に。未来の産業の専門知識は、まだあちこちに拡散している状態だ。”
“エストニアは新たに見つけた富をすばらしい用途に役立てている。現在、GDPのなかから、アメリカやイギリスよりも、さらにほぼすべての欧州諸国よりも大きな割合を、小学校の教育に費やしている。就学率と識字率は100パーセント。すべての児童は1学年の最初からプログラムコードの書き方を教わる。イルヴェス大統領は私に、未来の経済で他国と対抗するためにエストニアにとって何が必要かを語ってくれた。「教育システムを変更し、そこを卒業するときにはロボティクスやコンピューター化やオートメーションの実際に役立つスキルが身についているようにすることだ。だから、わが国では、子どもたちに1年生からプログラミングを教えている。つまり、早い段階から外国語を教えはじめるということ。コンピューター言語は独自の文法をもった言語のひとつにすぎない。たまたまフランス語よりずっと論理的なだけで」”
“未来の産業で競い、勝ち抜いていけるのは、女性を尊重する国や社会だ。”
“いちばん大きな果実を手にする人は、世界に目をやり、高成長する市場の次の波を察知できる人だ。”
“だいじなのは、子どもたちの未来が広がるようなかたちで、科学と人文を融合する学際的アプローチを増やすこと。縦割りのやり方では通用しなくなりはじめている”